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となりのトトロ

テレビで映画「となりのトトロ」が放送されていて、思わず始めから最後まで見てしまった。

とても楽しい映画だった。田舎に行きたくなった。

じつは今まで、この映画を何度か見たのだが、まともに見たことがただの一度もなかった。

全国ロードショーされたときは、途中で眠ってしまい、映画に感動する両親や兄弟の話題に入れなかった。

その後、何度かテレビ放送で見るが、それは途中から見たり、用事ができて途中までしか見れなかったのだ。
あらいさとる * 映画 * 23:40 * comments(0) * trackbacks(0)

胡同の理髪師

映画「胡同の理髪師」を観に出かけた。胡同はフートンと読む。

最近何かと騒がしい話題が多い中国だが、この映画は一人の老人の生活をたんたんと描いている。静かながらどことなくユーモラスな映画。

神保町の岩波ホールでただいま上映中。
あらいさとる * 映画 * 23:00 * comments(0) * trackbacks(0)

大林宣彦監督、尾道と絶縁宣言

 映画『転校生』や『さびしんぼう』など、尾道(おのみち)を舞台にした名作を発表してきた大林宣彦監督が、広島県尾道市と絶縁宣言した。期間限定ではあるけれど。本気の抗議に僕も黙っていられなくなった。

 尾道で生まれ育った監督は、ここにしかない尾道のよさを映画のフィルムに焼き付けて、故郷尾道、そして映画への愛をしたためた。景気がよくなかった尾道に若者らが訪れるようになったのは、大林氏の影響に他ならないだろう。ただ大林氏は人寄せのための、単なる観光映画を作ったわけではなかった。そのため、もっと観光客を呼び込もうとがんばる地元との間に軋轢が生じることになる。皮肉にも観光客がこぞって押しかけることになり、消費者本位の町が形成されるようになった。地元住民にとってみれば生活が便利になり、景気がよくなることは喜ばしいことである。しかしその先には何があるというのだろう? よくある東京の真似事でしかない、どこにでもある風景の町へ突き進むだけなのに。何もない町ならそれもいいだろう。しかしこの尾道は、他の地域がうらやむほどの「地域遺産」ともいうべき、おカネに変えられない財産をたくさん持った町だ。尾道は昔から多くの文人や芸術家に愛されてきた。大林氏が尾道作品に込めたのはそういうことであって、その精神性を置き去りにして、経済活動だけに奔走するのはいかがなものだろう。地元住民は尾道にもっと誇りをもってほしいと思う。

 今回のロケセットの展示は尾道には似合わない。それでも人はかなり集まったゼ、というかもしれない。それがどうしたというのだ。主催者にカネがたんまり入ることの意味がよくわかっていないのだろう。地元だって潤うだろうって? 一瞬ね。何かを少しずつ失っていることに気づかないのだろうか? 戦艦大和が建造された呉で展示されるならまだしも、近いしたまたま空いていたから尾道、というのも安直だ。なにも尾道が戦争の兵器を進んで展示することはないと思うのだ。

 大林氏は尾道に恩返しをすると同時に、映画への愛を唱える人だ。映画というのは映画の中でのみ完成されるものだ。現実の中で復活させるのはナンセンス。現実の中でそれが再現されるというのは、その場所にいきなりペンキを塗りたくるようなもの。それはその場所が映画に利用されるというより、侵食されることを意味する。それは映画という愛なのか? おそらく違うだろう。映画は映画の中でのみ自由で、それを再上映する人々の心の中だけに愛は宿るものだろう。ロケ地がテーマパークになったら、もはやそこには映画など存在しないのだ。ロケ地めぐりは素のままのその土地を、それぞれが映画のシーンを思い浮かべながら歩けるからこそ、また新たな感動があるというものなのだ。その映画がまた好きになり、その風土を愛したいと心から思えるのだ。想像力が心を豊かにし、想像力の欠如が虚しさを蔓延させていることにいいかげん気づきたいものだ。  

 今回の件は商売人と芸術家の見解の違い、という見方もできるだろう。だけどこの地を商売人に託すのと、芸術家の精神を残すのと、どちらがふさわしいだろう? 両立ができるといいけれど、地元の対応を見ていると尾道の将来は危うい。先人が培ったこの風土を、決して風化させることのないように願うばかりだ。商売人に安売りしてまた元の木阿弥に戻るよりも、文学と芸術の町として未来永劫人々に愛される尾道として豊かさを堅持すべきだ。
大林監督、故郷・尾道市に異論 戦艦大和セット公開巡り

【 asahi.com 2006年04月24 18時36分 】

 広島県尾道市で一般公開中の戦艦大和の原寸大ロケセットについて、出身地の尾道で数多くの映画を撮影している大林宣彦監督(68)が「ロケセットは映画の中で初めて意味を持つ。人寄せのための公開は、戦争やふるさとを商売にしているようで恐ろしい」と、市の観光行政を批判している。セットには予想を超える人が集まり盛況だが、大林監督は「公開中は故郷に帰らない」と宣言した。

 ロケセットは、昨年12月から公開された映画「男たちの大和/YAMATO」(佐藤純弥監督)の撮影のため、約6億円をかけ制作された。本物の大和は広島県呉市で建造されたが、今回は数カ所あった候補地から、空いている造船所があるなどの条件を満たした尾道市に造った。

 昨年7月から市や観光協会でつくる公開推進委員会が大人500円、小学生300円で公開を始めた。3月末現在で当初予想の3倍以上の78万人が訪れている。3月末までの公開予定だったが、大型連休期間の5月7日まで延長された。

 この映画は東映、朝日新聞社、テレビ朝日などが出資。最終的には興行収入約50億円、400万人以上の動員が見込まれている。制作した角川春樹氏(64)と尾道市との協議がきっかけで公開が決まったという。角川氏は「壊すだけで2000万〜3000万円はかかる。だったら地元に恩返ししようと公開に同意した。プロモーションとしても成功だった」と話す。

 大林監督は、映画自体は評価しているが、その後のセット公開を支援する観光行政のあり方について、講演会などの場で繰り返し批判している。これに対し、尾道市観光文化課は「古いものを大切にする精神は監督と共有しているはず。公開は一時的なものに過ぎず、町の風情を壊すことにはならない」と反論する。

     ◇

 大林監督は次のように語っている。

 僕の自慢は、尾道に映画の記念碑やセットを残していないことだ。映画を見た人の心に残ったものが記念碑。セットを残そうなどという提案はすべて断ってきた。尾道市にとってはそれが不満だったのだろう。

 「男たちの大和」という映画がふるさとで撮影されたことは、誇らしく思う。僕の尾道での撮影スタッフも協力した。でもセットは残すためのものじゃない。スクリーンに映し出されて初めてリアリティーを持つ。単なる張りぼては、夢を壊すだけではないか。

 恒久的に残すものとして、戦艦大和の歴史がある呉市につくられたのなら賛成するが、いかにセットを残すかばかりに気を取られた尾道市につくられたことは、大和にとっても不幸だ。

 小学生からも金をとって、ふるさとや戦争を商売にしている。セットが公開されているうちは尾道とは絶縁だ。これは、大林映画30年の理想に対する否定であって、怒らないわけにはいかない。

 僕の願いは、ふるさとがあるがままに残って欲しいということだ。高度成長期、尾道でも古いものが壊されたが、これからは古いものを残すことが資源になる。「そこにしかない暮らし」を求めて旅人は来るのだから。

     ◇

〈尾道を舞台にした大林監督の主な作品〉

・転校生(82年)

・時をかける少女(83年)

・さびしんぼう(85年)

・ふたり(91年)

・あした(95年)

・あの、夏の日―とんでろ じいちゃん(99年)

※カッコ内は公開年

(下記ソースより引用)
http://www.asahi.com/culture/update/0424/022.html 
あらいさとる * 映画 * 23:36 * comments(5) * trackbacks(0)

友だちの恋人

 部屋の片付けをしていた。収納におさまらない段ボールがいくつかあり、部屋の隅にそのまま置くしかなさそうだ。その姿はあまりにもサマにならないので、段ボールの表面にポスターを貼ることに決めた。するとそのとき、友だちの彼女がなぜか僕の部屋に上がり込んできて……。

 ということはなくて、僕は押入れの奥から『友だちの恋人』という映画のポスターを発見したのだ。フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダールらと、フランス映画界に新しい波“ヌーヴェル・ヴァーグ”を起こしたエリック・ロメール監督の作品だ。特に好きな映画というわけではないが、色彩がやわらかく美しい。ただ登場する女性はのべつまくなし、しゃべりまくる。その表現に当時は圧倒されたおぼえがある。映画という虚構の中で、たわいもない日常を切りとったような映画なのだ。部屋の入口からよく見える位置に、この映画のポスターを貼った。

 陰に隠れて見えにくい側面には何を貼ろうか? そこで思いついたのが、このエリック・ロメール監督のデビュー作品『獅子座』。これがどうしようもなく退屈な映画で。このポスターを買った当時の自分に、その理由を聞いてみたいくらいだ。ま〜でも、このポスターにとってはふさわしい出番ではないかと。あまりにも違いすぎる2枚のポスター。しかしこれらはリアリズムを描いているのだ。
あらいさとる * 映画 * 23:32 * comments(0) * trackbacks(0)

カメレオンマン

連休はネット漬けだった。
当然マイブームのmixi(ミクシイ)もしょっちゅう覗く。

コミュニティでは「幹事体質」以外に、
「ウディ・アレン研究会」にも登録している。
ウディ・アレンとはUSAの映画監督。
ここでは「まずはベスト1から・・・」というトピックが表示されていた。

いろいろあるなぁと思いながらも、僕はさっそく書き込んでみた。
大抵こういったベスト1というのは、
シリアスな味を醸し出す作品が選ばれやすい。
だが僕としてはコメディアンであり、
映画監督である、彼の才能を存分に発揮した作品を選んだ。

その名も『カメレオンマン』。
原題は主人公の名前『ZELIG(ゼリグ)』。
書いてはみたものの、それでよかったのかどうか正直そう思ってしまった。記憶だけで書いたのだ。
だけど、こうなったらということで少し書き直してアマゾンに投稿。

それにしてもこれだけの作品でありながら、DVD化されていないのが残念。
おかげですっかり忘れ去られそうな感じだ。

映画『フォレスト・ガンプ』の前にはこの作品があることを忘れないでほしい。
僕からのおすすめとして、横に表示しておいた。
あらいさとる * 映画 * 23:42 * comments(0) * trackbacks(0)
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